ふりしゅんが性欲を武器にするまでの葛藤(後編)

こんにちは、京大生性欲ブロガーのふりしゅんです。

前回から、僕が性欲コントロールを身につけるまでの経歴を赤裸々に書いています。
前回は小学校から、高校卒業後仮面浪人で京大に合格するまでの話を書きました

アダルトグッズの転売だったり、出会い系アプリの使用であったり、既に性欲の暴走の片鱗がみえるような高校生活を送っていたことを暴露させてもらいました。
(高校生以下のみなさん、高校生で上に書いたことをやるのは普通に違法なので間違ってもやらないでくださいね笑)

今回はその後半編。仮面浪人成功後、大学入学から今に至るまでの話です。
うつとセックス依存になったり、そこから這い上がってセックスコントロール術を見つけたり。
この時期は誰よりも性と向き合い続けた自信があります。

もしあなたが自分の性と性欲に悩まれているのであれば、これを読むことで

「こんな人でも性欲コントロールができたんだから、自分にもできそう!」

と思ってもらえたら嬉しいです。

それでは、いきましょう。

大学に入り、より意識してしまう自分の性、そして初恋と大失恋

無事受験に合格し、いよいよ京大に入学。

高校のように縛られることもほとんどなく、本当に自由な生活。
その中でふりしゅんは、ゲイであることの孤独感と、自分の性欲の強さをより強く意識させられることになりました。

まず、ゲイであることについて。

大学では、高校とは比にならないくらい恋愛というのが身近な存在になりますした。

サークル内で付き合った・別れたという話は事欠かさず、男同士で集まれば、彼女とどこまでやったのか、という話で大盛り上がり。

そんな環境の中にいると、自分が異性に対して興味を持てないことをより強く意識しざるをえなくなりました。
そして、自分だけ仲間外れにされているような疎外感も少し感じるようになりました。

次に、高まり続ける性欲について。

高校時代から沸き上がはじめ、仮面浪人時には京大合格という目標のために一旦抑えられていた性欲は、自由が与えられる大学生活では再び爆発しました。

それに加え、ゲイは性欲の強い男同士ということもあり、異性愛者に比べてセックスまでのハードルが極端に低いです。
(初めて会ってセックスなんて日常茶飯事です)

性欲の強さとゲイをあわせもった僕が、地元に比べはるかに人口の多い(=ゲイの人数も多い)京都に引っ越したらどうなるか。

暇を見つけては出会い系で相手を見つけてセックスする、そんな生活をずっと送るようになりました。

ゲイである孤独感もあわさって、二カ月に一週間くらいのペースでセックスとオナニーだけに明け暮れることもありました。

客観的に見たら、これでも十分ヤバいかもしれませんが(笑)、まだこの時期の性欲は日常生活に深刻な影響はありませんでした。

ふりしゅん
まだこの時期は、性欲の暴走で失われた時間(大学の授業やサークルなど)をカバーすることは可能だった。

 

しかし、大学2回生も終わりに差し掛かろうかという時に、自分の人生を大きく変えることになる、ひとつの出来事が起きました。

ふりしゅん、初めて人のことを本気で好きになる。

「なんだただの恋愛かよ」
と思われたかもしれませんね。

しかし、僕にとっては自分の信念が大きくを揺らぐほどの大事件でした。

というのも、その時までのふりしゅんは、
「恋愛なんて、一時的な感情で結ばれてすぐに冷めるだけのくだらないものだし、恋愛結婚をする人達の気が知れない(結婚はお見合いor友情結婚が一番だ)」
とずっと思っていました。

つまり、恋愛による結婚も、それ以前に恋愛すら、時間の無駄でアホらしいと考えていたわけです。
(こう考えるようになったのは、ふりしゅんの両親が大きく関係しているのですが、これを話すと非常に長くなるので、また機会があれば話します。)

そんな僕が、誰かを考えるだけで胸がドキドキし、頭から離れなくなるなんて。

恋愛感情を抱いてしまったことは僕にとって、それだけでも今までの信念が大きく崩れるほどの衝撃的な出来事でした。

しかし、衝撃なこれだけではありませんでした。
僕は同性にしか性的な感情を抱かないゲイであること、それがさらに追い打ちをかけました。

よりにもよって、同性である男の後輩(以後Rと呼称します)のことが好きになってしまいまったんです。
しかもその子は完全なる異性愛者(ノーマル)で、彼が女の子に片想いしていることも知っているという。

性別の壁、好きな人の壁。
どう頑張っても結ばれるわけがない人のことを、好きで好きでたまらなくなってしまいました。

この衝撃の大きさたるや、計り知れませんでした。
何せ、恋愛なんて時間の無駄とか言っていた人間が、この世で最も時間の無駄に終わる相手を好きになってしまったんですから。

この想いと時間は無駄になる、そう分かっていても、Rを好きでいることはやめられませんでした。

この時は、大学入学以降あふれかえっていたふりしゅんの性欲も、ほぼRに全振りでした。

出会い系で相手を探すことが劇的に減り、その代わりにRのことを考えて自慰行為をすることがほぼ毎日のように続きました。

わずかに相手を探すこともあったのですが、その時はその相手をRだと思って抱くように。

そんな形で、表面上は優しい先輩を演じつつ、裏ではRのことを想い続けることが半年間続きました。
想いを伝えてしまえば、今までの関係を保ってはいられなくと分かっていたので。

 

しかし、ついに自分の気持ちが抑えきれなくなりました。

Rをライブに誘って一緒に行ったその日の夜に、電話で告白。
(この時のふりしゅんは臆病者だったので、直接告白する勇気はありませんでした)

電話した時は、Rは戸惑いながらも話を聞いてくれました。
セクシャリティの関係上告白が失敗することはわかりきっていたので、受け止めてくれるだけでも救いだな、と感じていました。

しかし、それで安心した自分が甘かった。

翌日。Rから、Twitter, LINEなど、あらゆる連絡手段をブロックされました。

彼からしたら、信頼してた同性の先輩から、急に告白を受けたんです。(それは同時に、同性から性的な目で見られていることも意味します)
自分を守るために、これくらいの拒絶反応を起こしてしまうとしても、責められることではありません。

しかし、ふりしゅんからしたら、そのショックはあまりにも大きすぎました。

一度話を聞いてくれたと持ち上げられたところを、一気に落とされたんですから。

本来なら、この失恋を受け止めて次に進むというのが正解なのでしょう。

しかし、初めての恋と失恋だった僕にとっては、あまりにもショックすぎる出来事でした。

そんな僕が、簡単にRのことを忘れられるはずがなく。
この辛い現実から逃げる為に、どんどん性とセックスにはまっていってしまいました。

ふりしゅん
ただ失恋するだけならまだよかった。一度救われたと思ったところを一気に蹴落とされたから、そのショックはあまりにも大きすぎた。

セックス依存、そして鬱になり、「性とは、生とは何か」を考えるように。

Rに絶縁されたことで自暴自棄となっていたふりしゅん。

そのショックのあまり、誰彼構わず身体を重ねるようになったり、時場所を問わず自慰行為するようになりました。

セックスやオナニーの快楽に溺れている間だけは、この辛い現実を忘れることができたからです。

しかし、その行為を終えてしまうと、再び現実というものに直面することになり、気分がひどく憂鬱に。
そしてその憂鬱を忘れるために、再びセックスやオナニーに走る。

この負のスパイラルにはまった結果、セックス以外は何もしたくなくない、という状態になってしまいました。

セックス依存とうつ(双極性障害)の併発です。

更にこの時期は、就活がうまくいかないストレスも重なり、症状がどんどん悪化。

最終的に、セックスの時以外は常に布団にふさぎ込む毎日となりました。
その結果、大学のテストをほぼすべて欠席して単位を落とし、就活も完全に停止してしまいました。
(この当時のふりしゅんのクズっぷりはこちらに詳しく書いてあります)

振られた3回生の10月から、4回生の4月までの約7カ月。
まさにこの時期は、ふりしゅんの最底辺の時期といっていいでしょう。

ひきこもりながら、性について考え続けるように

しかし、この無限にも感じられた地獄の時期は、ふりしゅんが色々と考える時期にもなっていました。

何せ、セックス以外は布団からでることがなかった生活です。
全く身体を動かさず布団の中でグズグズしてたら、起きてる間は嫌でも様々なことが頭をよぎるようになります。

じゃあその時何を考えていたのかというと。

鬱を発症していたので、死ぬことに関してはめちゃくちゃ考えていました。

しかしその中で、逆に「生きる」って何だろう、ということも徐々に考えることもありました。

「生きるとは、まず三大欲求を満たすこと。
三大欲求とは、食べること(食欲)、寝ること(睡眠欲)、そして性的に交わること(性欲)。」

「この中で性欲というものだけは異質。
性欲だけは、あまり公に話せないものだし、欲を満たすのに相手を必要とする。(自慰って手段はあるが、本来の欲の満たし方からは外れているものだ)
そして自分は、性欲というものの人生におけるウエイトが非常に大きい。」

「なら、そもそも性欲って一体何なのだろう。なぜ性欲を満たすことを人間は求め続けるのだろうか。

こんなことをひたすら自問自答し続ける毎日を送っていました。
どんどん哲学チックになっていってますね。(笑)

ふりしゅん
この時に考えていたことが、ふりしゅんが性欲マスターになる大きなきっかけにつながってる。

鬱とセックス依存症からの脱出、そして「性欲をコントロールし、武器にする方法」を確立

4回生を迎え、そろそろ自分の進路に少しずつ向き合わなきゃと覚悟を決め、鬱とセックス依存症を少しずつ治療していくことにしました。

鬱に関しては、大学のカウンセリングルームへの通院と心療内科の受診の中で、少しずつ回復していきました。
この時期に偶然にも自分がメチャクチャ行きたい研究室を見つけられたことも、鬱の回復の大きな要因です。(実際、今はその研究室に所属し、最高に楽しい日々を送っています)

しかし、セックス依存症は一向に回復しませんでした。

ふとした瞬間にエッチな妄想はしょっちゅうするし、誰かと交わっていたり、股間を触っていないと不安な気持ちになってしまう。

ふりしゅんが患ったセックス依存症は、自分が持っていた元々の性欲の強さも重なって、想像以上に深刻なものになっていました。

「なんとか性欲を抑えなきゃ!」と思っても逆効果。
抑えれば抑えるほど、むしろ性欲が強まる結果に。

性的なことを考えるのに制限時間を設ければいいのでは?とおもって実行したこともあります。
しかし、依存症の人間がそんな制限時間を守れるはずもなく、撃沈。

様々な手段を講じるものの全く制御できず、どうしたものかと考えていた時に、ふと、今までの経験が自分に降りてきました。

鬱を発症していた時に考えていた、「そもそも性欲とは何なのか」という哲学的な疑問。

仮面浪人時代に考えた、「性欲のコントロール方法は、科学的に解明できるのではないか」という仮説。

この2つが合わさり、
「性欲そのものを科学の観点から徹底的に研究し尽くせば、性欲をコントロールすることができるんじゃないか?」
という発想に至りました。

そこからは、セックス依存症の治療そっちのけで、性欲に関しての情報をひたすら調べるように。

心理学、生理学、脳神経科学、生態学、行動経済学。
性欲に関する情報があれば、分野を問わず、徹底的に調べていきました。

京大生である特権を活用(乱用)して、図書館にある専門書の情報だけでなく、性欲やセックスに関する英語論文もどんどん集めました。

性欲の悩みを解決するためにここまでガチで調べ上げる人は、ほとんどいないと思います

その結果、今までの性欲についての考えが大間違いだったことをしりました。

性欲を抑えようとすればするほど、逆に性欲が強くなる脳の仕組みがあること。
性欲の発散自体は決して悪ではなく、むしろ適切な頻度で行うことがたいせつなこと。

そして、ありあまる性欲は、コントロールすることで最強の武器に変貌すること。

今まで、性欲はおさえつけなきゃいけないもの、と考えていたふりしゅんにとって、衝撃の事実でした。

このありあまる強い性欲は否定する必要はない、むしろこの性欲を最大限活用すればいい、という事実は、性欲で10年にもわたり苦しんでいた僕にとって、救いのようなものでしたから。

ここまでくれば、あとは今までに得た情報から、性欲を活用する仕組みを整えるだけ。
とはいえ、今までのように無理に性欲を制御するやり方ではまた途中で挫折してしまう。

ならば、性欲を抑えるのではなく、性欲が急に沸き上がる事実を許容したやり方を考えて行こう。

こうして、今まで学んできた心理学や行動経済学を駆使して、現在の性欲コントロールのやり方を確立しました。

性も日常も充実し、ゲイであることにも誇りを持てるようになった新しい毎日

性欲コントロールの方法を確立してからは、毎日が一変しました。

まず、性欲の制御方法について自分が苦しむことがなくなりました。

もちろん好き勝手に性欲を発散しているわけではありません(笑)。
しかし、以前は苦痛でしかなかった性欲のセーブが、今はむしろ楽しくて仕方なくなりました。

次に、日常生活のパフォーマンスが爆上がりしました。

性欲を貯めこむことで得られるエネルギー、といえばいいのでしょうか。
それを日常を他のことにぶつけることで、それらの生産性が恐ろしいくらい向上しました。

特に日々の研究に関しては、明らかに効率があがりました。
頭が冴えている状態がずっと続いている感じです。

性欲のコントロールをするだけで、日常がここまでよくなるのか、ともはや感動を覚えたレベルです。

最後に、これは完全におまけですが、性欲を制御できるようになったことで、かえって自分の性生活が充実するようになりました(笑)
やたら頻繁に性欲を発散しなくなった分、性的活動一回一回がすごく質の高いものになりました。

そしてその影響で心に余裕が出来たのか、何故か性生活のお誘いもいっぱい来て、相手探しに時間をかける必要もなくなりました(笑)

このように、性欲のコントロールの達成したことで、自分の人生を明らかに素晴らしい方向に変わっていきました。

(実は、この性欲コントロールの成功は、自分がゲイであることに誇りを持てる大きなきっかけにもなりました。その話は、後日詳しく書いていこうと思います)

ふりしゅん
今この時も、性欲をコントロールすることによる恩恵をしみじみと感じている。

性欲は日本を、社会を救う

これが、かつて性に振り回された僕が、性欲をコントロールし、人生を一変させるまでの全てです。

後編のまとめ
  • 大学という自由な環境で、ふりしゅんはより性に奔放になった
  • 失恋によるショックでセックス依存と鬱に
  • ひきこもったのをきっかけに、性について考え、調べるように
  • 調べた結果導き出された性欲コントロール法を実践したら、人生が激変

今の日本社会は、性というものをタブー視し、可能な限り規制しようという流れが横行しているように思えます。

しかし、性欲を抑えるべきものとして扱う今の教育は、人が「本当の意味で」健全に生きていくために必要な性や性欲に関する知識を得ることができません。

それどころか、抑圧された環境がかえって個人の性欲を増長させたり、人々のストレスが蓄積される状況を生む事態になっています。
それこそ、かつてのふりしゅんが性欲で人生を棒にふりかけたように。

性・そして性欲というものは、決して押さえつけるものではない。
むしろ、適切なコントロール法を知ることで、日常生活を劇的に改善できる最強の力を持っている。

僕には、性欲で10年にもわたり苦しみ続けた自身の経験と科学的・学術的な情報があります。

これらを駆使し、日々の生活を劇的に良くするために本当に大切な、性・性欲の情報を届けたい。

これが、僕がこのブログを執筆している大きな動機です。

本当に知るべき性の知識を共有し、この想いを広げる為、これからもブログを執筆していくので、今後ともよろしくお願いします。

P.S.ふりしゅんのこのブログ執筆の信念・動機について、より詳しく書きました。
性欲で社会を変えようとするふりしゅんの想い、一人でも多くの人に知ってもらえたら嬉しいです。

ふりしゅんの信念:性欲ブログを書く理由

2020年3月11日

前編はこちらから

ふりしゅんが性欲を武器にするまでの葛藤(前編)

2020年1月19日

性欲がおさえられず苦しんでいるあなたへ。

 

ふりしゅんです。

僕はかつて性欲に振り回された結果、人生を棒にふる寸前にまで追い込まれました。

しかし、今は性欲をコントロールする方法を見出し、性欲のもつ強力なエネルギーを日常生活にフルに活かすことができています。

あなたのもつそのすさまじい性欲は、その扱い方によって、あなた自身の最強武器にも、あなたを殺す凶器にもなります。

かつての僕のように性欲で苦しんでいる人がいるのなら、僕は手を差し伸べたい。

あなたが持ち合わせている強大な性欲、それをあなた最大の武器にしませんか?

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